大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(う)1417号 判決

被告人 三田正義

〔抄 録〕

所論は原判決が「本件公訴事実についてはこれに照応する検察官側の証言が存するが、これを弁護人側の証言に対比するときは本件傷害が被告人の故意行為によるものであるとの点については、前者はこれを措信できないから、本件公訴事実はその証明が十分でない。」として無罪を言渡した点を非難し、右は証拠の価値判断を誤つた結果、事実を誤認したものであり、右誤りが判決に影響することは明らかであるから原判決は破棄を免れないというにある。

よつて案ずるのに原判決も指摘するように本件当時における現場の状況については検察官側証人(原判決証拠(B)a)と弁護人側証人(原判決証拠(B)b)の証言は全く対立しており、結局本件の成否は右いずれの証言を信用すべきであるかにかかつている。そして原判決は結局において検察官側の証人の証言を信用できないとし、弁護人側の証人の証言を採用した結果起訴事実については犯罪の証明がないものとして被告人に対し無罪の言渡しをなしたのであるが、その検察官証人の証言を信用できないとした理由として、原判決は本件が従業員解雇に端を発した抗議闘争中の事件であるが、かかる事件にあつては事件の背景を抜きにしてその成否を断定することはできないが、右背景の点に関する検察官側の証人はその回避的証言態度に照し殆どこれを措信できないとしている。なる程、本件のような事件の審理に当つてその背景たる事実を無視することのできないこと、また検察官側証人がこの点につき全面的に真実を述べているものとも認められないことは誠に原判決のいうとおりであるけれども、背景に関する供述においてそうであるからといつて、直にその間に起つた具体的事件に関する部分の証言まで信用できないとすることは一般的に言つても必しも妥当でないばかりではなく、右背景の点においては弁護人側の証人の証言にもしばしば誇張に亘る部分、或は真実をありのままに供述しているものとは認められない部分が存するのであるからこの点のみを捕えて検察官側証人の証言を全面的に排斥することはできない。本件は右抗議闘争中に行われた一行為であるから先ずこれに直接関連した各証拠を精査対比し、いずれがこの点につき真実を述べているかを検討しなければならない。そしてこの見地に立つて当審事実取調の結果(特に証人牧野孝司、同吉川吉二の各証言)を参酌した上前記両者を比較検討するのに、本行為に関する限り弁護人側の各証人の証言は或は誇張に過ぎ或はその内容に矛盾があつて措信できず、これに反して検察官側証人の証言はその間瑣末の点において多少の違いはあつても、その大綱においては真実を述べているものと認められる。

ところで原判決挙示の外形的証拠、目撃者等の原審公判廷における証言(原判決二証拠AおよびB)を綜合すれば次の事実を認めることができる。即ち

(一) 被告人は起訴状記載の日時、場所に同記載の宣伝カーを停め、同車備付けのスピーカーでペトリカメラ株式会社を解雇された茂木好江らの解雇が不当である旨や同社を誹謗する趣旨の宣伝放送を行つていたこと、

(二) その際同社製品課長吉川吉二を含むいわゆる会社側職制数名より右放送の中止方の要求を受けたこと、

(三) その要求を受けているうち、自車右前方に右吉川が佇立しているのを知りながら右自動車を何等警告を発することなく突然発進させたこと、

(四) 発車前同自動車右前方に居た吉川が発車後自車ボンネツト上に乗つているにもかかわらずそのまま自動車の運転を継続し足立区梅田七丁目三三番七号足立区役所第二庁舎(通称梅島支所)横交差点道路まで約三五〇メートルを運行したこと、

(五) その間同町七丁目二〇番の九、梅島公園入口前路上において一時停止したこと、

(六) また右運行の途中において右吉川が起訴状記載のとおり右手に全治一週間の傷害を負つたこと。

よつて本件の争点は(1)右吉川が被告車のボンネツトに乗つたのは被告人が車を発進させ車の前方に立つていた同人に車を衝突させたため同人がボンネツト上に倒れたものか或は吉川が自らの意思で右ボンネツト上に乗つたものか、(2)被告人が菅沼電機前から梅島公園までの走行中において起訴状記載の如きジグザグ運転を為したか否か、(3)被害者の負傷は自傷行為であるか被告人の暴行に因るものであるかに存する。

案ずるに記録により認められる本件宣伝カーの寸法形状によれば進行中に同車ボンネツトに乗るが如き行為は極めて危険な行為であつて、右吉川がかかる危険を敢てしたものとは到底考えられず、またかかる行為に出でなければならない特段の事由も認められないから、右吉川は被告車の前方に立つている際突然被告車が発進したため同車と衝突し同車ボンネツト上に倒れたものと認めるのが相当であつて、この点に関する前記原審における検察官側証人および当審証人牧野孝司、同吉川吉二の各供述は真実を述べているものと解せざるを得ない。そして本件自動車発進時にあつて右吉川が自車右前方に佇立していたこと、本件自動車は何等発進の警告を発することなく発進したものであることは前段認定のとおりであるが、このように人が自車の前方に立つている際何等警告を発することなく車を発進させる場合には特段の事情のない限り自車を相手方に衝突させる虞が極めて強いことは何人も当然予想できるところであるから、特段の事情の認められない本件においては(被告人は原審において当然相手方が避けて呉れるものと思つたというけれども措信できない。)被告人も亦このことを予想認識しているものと解するのが相当であつて、自動車発進に当つて被告人に暴行の意思ありとするにいささかの差し支えもない。原判決はこの点において事実を誤認したものである。

次に原判決は被告人が吉川が自車のボンネツト上に乗つているのを知りながら車の進行を継続した点についても、一旦発車した宣伝カーにつき会社側職制においてこれを停止させる程度の実力行使を行つた形跡も存しないとし、また被告人において追跡を免れるために特にスピードアツプをしなければならなかつた理由も認められず、かつ吉川吉二を故意に車からふり落すため、または同人が転落することを認容した上でジグザグ運転をしたと見るのは不自然であるとし、右運行についても暴行の犯意を欠くとするのであるが、原審における本橋、井上両証人の証言によれば同人等は右宣伝カーが発進した際駈け足でこれを追いかけたが追付けなかつたため中途で追跡をやめたものである事実を認めるに足りるのであつて、また被告人自身原審公判廷において「菅沼電機前から梅島公園前に行くまでの速度は時速一〇キロメートルか一五キロメートルであり、その後スピードを上げたがスピードを上げてからの速度は判らない。」旨述べて居り、右自動車の速度が人の歩く程度のものであつたとは認めがたく、証人井上一雄が供述しているように右車の速度は時速二、三〇キロメートルであると認めるのが相当である。もつとも同証人等の証言によれば右菅沼電機より梅島公園に至るまでの間において、二、三度大きく弧を画くように自動車を運転したことを認めることができるけれども、それがボンネツト上の吉川を振り落すために行われたものであるとまでは認定できない。然しながら原審証人吉川吉二の証言によれば右吉川は「ボンネツトに乗せられて左手でボンネツトを押えたが、それだけでは落ちそうであつたから右手でワイパーを掴んでいた。」旨供述し、原審証人本橋三郎また「吉川は車が走り出した瞬間に右手でしつかりワイパーを掴んでいた。」旨供述しているのであつて、これらの証言は右自動車の大きさ形状等に照し措信するに足り、右吉川が梅島公園前に至つて始めてワイパーを掴んだとする被告人の原審公判廷における供述、原審証人中谷美絵子、同草間照夫の証言は措信できないところ、かかる状態において時速二、三〇キロメートルで自車の運行を継続すること自体暴行であつて、被告人に暴行の意思がないとする原判決の判断はこの点においても事実の誤認がある。

次に原判決は前記吉川の受傷を自傷行為であるとする弁護人側証人の証言(原判決証拠(B)b)も、解雇者がそれまでにとつた無抵抗主義を前提とすれば一概にこれを排斥できないとして右が自傷行為であり、被告人の暴行によるものでないかの如き判断を示しているが、被告人等が本件の背景を為す闘争行為において無抵抗主義であつたとしても、本件吉川の受傷をもつて同人の自傷行為によるものであるとすべき何等のいわれもなく、かつ右吉川が自傷行為を行わなければならぬ特段の事情の認められない本件においては右吉川が原審において述べているように右傷害は梅島公園前において本件自動車が急に停ろうとした際生じたものと解するのが相当であるから、右傷害と被告人の本件暴行との間に因果関係のあることは明らかであり、原判決はこの点においても事実の誤認があり、これらの誤認が判決に影響することは明瞭であるから、原判決は破棄を免れない。所論は理由がある。

(石井 山田 山崎)

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